東崎山世明寿寺


● 曹洞宗 世明寿寺(東松山市正代)
・本尊:千手千眼観世音菩薩
・開山:一峯驚政大和尚
   (承応2年:1653年没)
・開基 見室本達大和尚
   (延宝7年:1679年没)
・当時の本尊:釈迦如来
開基当時の本尊は禅寺に多く見られる釈迦如来でした。現在は千手観音菩薩立像です。社殿とも思える厨子に千手観音立像がお祀りされていて、龍や獏および獅子の素木彫刻が所狭しに施されておりい神仏習合の面影を漂わせている佇まいが圧巻です。

*世明寿寺の千手観音像は一木造、玉眼で、現在は彩色も漆箔も見られない立像です。複雑で装飾的な折り返しを見せる衣文構成などに宋風の影響が顕著に認められ、鎌倉後期に盛行した宋風彫刻に類似していて、14世紀半ばから後半にかけての南北朝前後の造像と言われています。
頭部には現在頂上仏と化仏及び変化七面を残しています。体幹部は一木でできていて、両脇の腎は別材を用いています。頭部と体部の背面2箇所から内剤(うちこ)を施しそれぞれを背板でおおっています。これは平安時代前期にみられた古様の技法です。 材は東日本では比較的後代まで用いられた広葉樹(種:かや)です。法量は像高182cm、頭頂~顎53.5cm、腎張53.9cmとなっています。

*二十八部衆像 
(埼玉では世明寿寺&慈恩寺の二寺)
この観音像には、京都の三十三間堂と同じく、二十八部衆に風神、雷神を加えた30体の春属(けんぞく)が付属しており、いずれも像高60cm前後の槍の寄木造りで、彩色等は残っていません。仏教に取り入れられた“天部“ と称されるインド神話の神々をほとんど網羅し、その力を結集しています。
千手観音の功徳をより確かなものにしたい、そんな先人の祈りが込められているのです。
(東崎山 世明寿寺パンフレットより)

世明寿寺(東松山市正代):
本尊をお祀りしている千手千眼観世音立像の須弥壇は、神社の拝殿のような造りです。唐破風や尾垂彫刻および斗供(組物)も数多くあり、江戸時代までの神仏習合の名残りを偲ばせています。